「Dont Think Twice」の詞の解釈について、常々考えて続けていたのだが、ついにようやく、合点のいく考えに至った。

これは女々しい男の独白というものではない。

「神様」の目線である。

神の言葉である。

ディランが、フォークの神様と言われていたのはなぜか。。

一枚目のアルバムがぱっとしなかった彼は、神を演じることにした。

演じているうちに、本当に神になった。

あるいは最初から、神そのものだったのか。

「Dont Think Twice」だけでなく、あの曲も、あの曲も、そしてあの曲も、そういうことならしっくりくる、納得がいく。

だからフォークの神様なんだ。

いまさらお祈りしたって無駄さ

いままでもしてこなかったし、

これからもどうせしやしないんだろう

夜明けに鶏が三度なくとき

オイラがまどからでていくのがみえるだろうよ

自業自得ってやつさ

終わったことは

しょうがない

これでいいんだよ

いまさらキャンドルに

火を灯したって無駄さ

オイラはもう

明かりの届かないところにいるんだよ

オイラが心変わりするまえに

きみもなんかやりようもあったろうに

あんまりお話することも

なかったしね

終わったことは

しょうがない

これでいいんだよ

オイラの名前を唱えたって無駄さ

もう聞くことはできないんだよ

オイラ歩きながら考えてるんだ

ずいぶん前に、

ある女を愛したなあ、

いやあれはこどもだったんだっけ

いろいろ気にかけてやってるんだけど、

奴はオイラの

魂までも要求しやがった

終わったことは

しょうがない

これでいいんだよ

オイラひとりで

とぼとぼ歩いているよ

居場所は教えられないんだけど

グッドバイだと

いいお別れみたいだから

じゃあな、とだけ言っとくよ

オイラを邪険に扱っただなんて

言うつもりもないし

もう気にしてないさ

まったく、時間の無駄というやつさ

終わったことは

しょうがない

これでいいんだよ

俺たちの救世主、代弁者、若きリーダー、アイドル。

ユダなどと罵られたのは、エレキとかロックとかいうことではなく、詞の変化のせいだったんだなあ。