「そんなに怖がらないでよ、サクラ君」

 部長が、クスッと笑って桜(さく)を見下ろす。

 桜の身長は、百六十五センチ。
 部長はと言うと、数センチほど桜より背が高い。
 多分、百六十八か、九くらいだろう。

 身長でも負けているなんて、腹立たしい事しかない。
 桜は唇を噛む。

「そんな事したら、歯形がついちゃうよ。せっかくのふっくらした可愛い唇が台無しだ」
「なっ…」

 恐るべし、部長。
 少女マンガに出てくる王子様的イケメンが言いそうな、歯の浮きそうなセリフをサラリと言ってのけた。

 と言うか、何か背筋がゾクッとしましたが。
 身の危険をひしひしと感じますが。

「告白された事がないなんて。この可愛い唇が、ずいぶんと酷い嘘をつくんだね」
「う、嘘じゃないです」
「嘘だよ。だって、今こうして、私が君を口説いているじゃないか」
「えっ」

 桜は、部長の顔から逸らしていた目を、思わず彼女に向けた。
 
 その瞬間。
 視線が、合った。
 バチリと、青白い火花を上げて。

(なっ、何だよ今のっ!)

 桜は動揺した。

 あの火花が見えた瞬間、全身に衝撃が走ったのだ。
 先程までとは違った意味で、ゾクッとした。

「それで、さっきの質問の答えは?」
「さっきの質問…?」
「うちの部に入りたいって、どういう友達?」
「普通の友達…です」

 部長が何を聞きたいのかが分からず、桜の声は尻すぼみになった。

「男子、女子どっち?」
「男子です」
「何か、不純な動機を感じるね」

 部長の言葉に、桜はムッとした。

「話を聞きもしないで、不純なんて。酷いのは部長の方です!あいつはただ、料理を覚えて彼女を喜ばせたいだけなのに!」

 大声を上げてから、しまったと思った。
 花岡の為に、これは黙っておくつもりだったのに。
 つい口を滑らせてしまった。

 ごめん、花岡。
 これで入部を断られたら、一発殴ってもいいから。

 覚悟を決める桜の頬に、部長が片手でそっと触れた。

「わっ?!」
「こんな状態で考え事なんて、余裕だね?」

 ニッコリと不敵に笑んだ部長は、桜の耳元にそっと顔を近づけ、囁いた。

「今度、その子を連れておいで」

 再びゾクッとする…が、今はそれよりも大切な事が。

「じゃあ、入部しても…?」
「いいよ。だって、彼女の為に料理を覚えたいんだろ?不純な動機じゃないもんね。そういう一途な子は、大歓迎だよ」
「あ、ありがとうございますっ。伝えておきます」
「はい、どういたしまして。入部希望書を君に預けるから、名前を書いて貰ってきて」
「分かりました…」

 桜はホッとした。
 良かった。
 これで、花岡に殴られずに済む。

 しかし疑問なのは、どうして部長はこんな会話を、耳元でヒソヒソ話すのかという事だ。
 人に聞かれてまずい話ではないし、むしろ、この話し方のほうがまずいだろう。
 耳に息が当たってくすぐったいし、変な感じだし…。

 早く離れてくれと念を送るが、部長は気づいていないらしい。
 離れるどころか、桜の背に両腕を回して来た。

「きゃーっ!」

 途端に、女子から悲鳴が上がる。

「部長、その辺にしておいてくれません?仮にもここは、学校ですから」

 凛とした声で部長を諌めてくれたのは、二年生の副部長だ。

「おお、凛子(りんこ)君。つい我を忘れていたよ。ごめんね」
「いえ。謝るなら私ではなく、サクラ君にお願いします。おそらくこれは、セクハラに入りますから」
「セクハラって言うのは、相手が嫌がっているかどうかで決まるんだろ?サクラ君は嫌がっていないから…」

「いえ、嫌がってます」

 桜と副部長の声が重なった。

「えぇ、嫌がってるの?」
「嫌がっていると言うか、怖いし逃げたいし…という感じですね。私が見たところ」
「そうなの、サクラ君?」

 部長はちゃっかり抱き付いたまま首を傾げて桜の瞳を覘き込む。

 悲しそうな顔をされて、つい誘導的に「いえ」と答えそうになり、すんでのところでどうにか堪えた。
 口が半開きになっている桜を見て、部長が両目を細める。

「はい、もう強制的に離れて下さい」

 副部長はそう言って、部長の脚を軽く蹴った。

「痛っ!」
「セクハラのお仕置きです」
「うう、相変わらず手厳しい…」
「こんなキャラなのにどうしてモテるのか、私には理解しがたいです。ただのセクハラ美女なのに」

 セクハラと言いつつ美女と付け加える副部長も、やはりどこか変わっている。

 しかし、彼女のおかげで助かった。
 後で、何かお礼をしなければ。

 部長の腕を引っ張り、ズルズルと引きずる副部長を見ながら、桜はそう思ったのだった。

 

6.懐が広い?

4.部長と窓ドン